五十嵐勉 カンボジア難民小説作品群

国土を支配した急進過激勢力による人民大虐殺を逃れ、ようやく国境にたどり着くも隣国から入国を阻まれ、やむなくそこに民衆の難民集落、キャンプ村が出現する。虐殺と飢え、強いられる密告と強制労働による筆舌尽くしがたい過酷の日々から逃れ、そこには束の間平穏の日常があった。しかし、やがて他国からの占領軍が共産勢力を追って難民村を掃討しようと容赦ない砲撃を浴びせる。
無辜の民衆の頭上に降り注ぎ炸裂する砲弾。進撃する戦車が爆音を轟かす。そこかしこに無惨な民衆の死体が、千切れた四肢を晒したまま散乱する。このおびただしい死はどういうことか。熱帯の夜、ジャングルからあらゆる生き物が鳴き声を遠く響かせる。

1970から80年代、前例のない凄惨な悲劇の舞台となったカンボジア。絢爛たるバブル時代へひた走る狂瀾の日本から遠く離れ、死臭にむせ返る泥と血の現地キャンプに身を寄せた一人の作家があった。彼がそこで見た凄惨な戦争の悲劇、それでも過酷な日々を生き延びる民衆の生暖かい息遣い。おびただしい死の日常が残酷にも照らし出す、生々しい生の躍動。深層から地鳴りのように響くいのちの実相。

死と隣り合わせの生にあって、あらゆる無用な観念が意味を失い葬り去られる。読者はそれを体感する。五十嵐勉により綴られた難民文学群。今こそ、戦禍のリアルの中で人間の生と死が叫ぶものに耳をすます。